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2006.12.03

トントントンのおじちゃん

東京都下、昭島市に中神という街がある。
母が勤めていた職場の同僚で、中神に住んでいらした高橋緑朗さんがお亡くなりになった。
心からご冥福をお祈り申し上げたい。

父を早くに無くした私にとって、高橋さんはあしながおじさん的な存在だった。
毎年クリスマスになると男の子が欲しがるおもちゃを買って来てくれた。
6歳から鍵っ子だった私に冷蔵庫の残り物でつくる美味しいチャーハンなど、料理も教えてくれた方だった。私のとってはもう一人の父親的存在であった。
社会人になったとき、奮発してオーダーのスーツまでつくっていただいた。デザインもサイズも今となっては着られないが、いまでもあの嬉しさは覚えている。

母は高橋さんのことを何故か「トントントンのおじちゃん」と呼んでおり、私もそれにならって「トントントンのおじちゃん」と呼ばせていただいていた。

10月末にお亡くなりになったそうである。実家の母宛に届いた欠礼文で初めて知った。
ごめんなさい。お加減が悪いことを全く知らなかった。

おじちゃんのうちの近くを流れる多摩川や、清水がわき出ていた神社で良く釣りをした。
たいした釣果は無いのだが、大人の男の人と遠出をすることだけでも楽しかった。
おじちゃんには一郎さんという一人息子の方が居た。小学生の時分、大学生の一郎さんに良く遊んでいただいた。お兄さんといのはこういうものなのか、と感じたものだ。

先日、昭島で同期の結婚式に出席した帰り、臨時列車が通過した。
子供の頃、中神に行くときに立川から乗り換えた青梅線の旧型車両、チョコレート色の木製車両だった。あの通過を見やりながら「おじちゃん、どうしているかなぁ」とつり革につかまりながら思い返していた。もう、既におじちゃんは天界の門をくぐったあとだったのに。

奥様は年内の焼香はご遠慮いただきたい、とおっしゃっていたそうだ。母はよく分かる、と実体験から来る深いため息をついていた。

年明け、会いに行こうと思う。 緑朗おじさまに合掌。

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